アイドル転落記

絶望の学生時代からアイドルを経て不倫に走り、愛する子どもを殺し、ブラック企業を経験したのちに平凡且つ普通のOL生活を手にいれる一般女性の話。ノンフィクション。実話です。

アイドルになろうとしたきっかけ

幼稚園入園から高校卒業までは

この世の中にいる大多数のひとと何ら変わらない

平凡な毎日を送っていた。

今後も平凡な生活を送るはずだった。

 

公立小学校に入学し、公立中学校へ進み、公立高校に入る。

ここまでは親が敷いたレールに乗っていただけだったから。

自分で何も考えなくても、全部やってくれていたから。

やろうと思えば何でも出来る子だったから。

全てが順調にいっている、今後もそのはずだった。

 

ひとつだけ。たったひとつの

胸にしまった思いを遂げようとしなければ………

 

 

 

 

私はアイドルになりたかった。

誰かに相談したことも、口に出したこともなかったけれど、

2000年代、当時国民的アイドルとして大流行したモーニング娘。に憧れていた。

テレビを付ければ必ずといっていい程映っていたし、

誰もが知っていて、学校でも女子生徒が集まればその話題で盛り上がった。

 

ある日の家での一瞬のやりとりが私の自信も希望も奪い取ることになるのだが………

 

 

その日はテレビでモーニング娘。の出演する歌番組が流れていた。

私は好きで好きで、歌って踊って、マネをしていた。

きっとよくある光景だと思う。

今であれば素人の歌ってみた、踊ってみたなんて、

ごまんとYouTubeにアップされているし、

子どもがやっていれば微笑ましいものであろう。

 

その当時は90年代。YouTubeはなかった。

私に向かって姉が言った一言が発端だった。

 

”オーディション受けたら?”(姉)

”あんたなんか無理よ”(母)

 

私がオーディションを受けたいといったわけでも、

受けると宣言したわけでもないのに母は即答した。

 

”あんたなんか無理よ”

 

確かに、格段に可愛いわけでも、ダンスを習っていたわけでも、

歌が上手いわけでもない私が受かるはずはなかった。

 

当時は自分を完全否定された気持ちだったが、

普通の感覚を持った親なら確かにそう言うだろう。

 

それでも、書類を送るだけでもしてくれていたら、

私も諦めがついただろうに。

母の即答によって逆に私の”絶対にアイドルになってやる”という闘志に火がついてしまった。

8歳の出来事だった。

 

その後すぐになにか行動を起こしたわけではなかった。

8歳の女の子には、どうしたらアイドルになれるのかなんて、

到底わからなかったから。

毎日、新聞のテレビ欄の下の広告”劇団ひまわり””テアトルアカデミー

俳優の劇団の広告をみて、喉まで”これ受けたい”と言いかけては言えない、

そんなことを繰り返すことしか出来なかった。

 

 

 

中1の夏ごろに、母からおさがりのケータイ電話(当時はガラケー

もらって、はじめて、自撮りをしてみた。

その写真を使ってネット経由でテアトルアカデミーに応募してみた。

 

養成所なので、オーディションとは書いてあるが、落ちるはずはないのに

書類が通って飛び上がる程嬉しかった。

自信のなかった顔にようやく自信が持てた気がした。

 

 テアトルアカデミーの”オーディション”に写真を送ってからは、

学校に行くのも気が気じゃなかった。

私が学校に行っている間に家に電話がかかってくるんじゃないか。

私のケータイに電話がかかってくるんじゃないか。

書類が届いて、母が先に見てしまうんじゃないか。

 

結論としては、

書類審査通過、一次面接のご案内

という書面が郵便で送られてきただけだった。

母は私宛の書類を、例えチャレンジ一年生であっても

勝手に開ける人ではなかったから、郵便受けにあった書類が机の上に置かれているだけだった。

 

”最近の情報漏洩ってすごいのね。こんなところにも漏れるのね”

送り元がタレント養成所郵便をみた母の感想は以上だった。

 

一人で面接に行ってしまおうか。

少し怖いな、お金かかるのかな、自信ないな。

 

指定された面接の日まで思い悩んでいたが、

最終的に、所属していた吹奏楽部の練習が指定された日程と被ったので、

部活と被ってしまったのだから行けなくても仕方ないと自分に言い訳をしつつ、ほっと心をなでおろして部活を優先させたのだった。

 

そこから約3週間後にもう一度、一次面接のご案内が送られてきたが、

その時にはもう完全に戦意喪失していた。

 

こうして私の中学生活は平穏に幕を閉じる。

 

続く